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ゴールは一体どこ?  

category: 雑記
42.195キロを2時間で走る人は本当にすごいと思いますが、まずゴールまで走り切ること自体が結構すごいことだと思います。
テレビで100キロマラソンとかもありますがよく途中でリタイアせずにゴールまで走れるなあと思います。
そりゃあただの趣味でやってるわけじゃないんだから背負っているものが違うっていうのはあるんだと思いますが。それでも最後までやり切るっていう事自体は立派なことだと思います。

僕はどうしても長い道のり、あるいは期間の長いプロジェクトなどがあると、はたしてゴールまでたどり着けるんだろうかと毎回不安になってしまいます。
そのためのペース配分だとか、計画を立てるとかいろいろ準備はしているのにその通りに進んだためしがほとんどありません。

僕はむかし父と一緒に富士登山をしたことがあります。
まだ子供だった僕は6、7合目あたりで急激に疲れてきたことを覚えています。
「もう無理」「歩けない」そんな諦めの言葉が喉の奥から口元まで出かかりすぐでも溢れだしそうになっていました。
登っている間は自分が一体どのあたりにいるのか漠然とした感覚しかありません。
もう随分と歩いたはずなのに標高メータはほとんど変わらない。
いったい山頂はどこなのか、ゴールはあるのか、自分は今何処を歩いているのか。
この種の長期戦で一番つらいのは自分がゴールに対してどれだけ前進しているのかわからない、霧の中を延々と歩き続けているような感覚に襲われることだと思います。不意に思ったとき、前進していると思ったら実は後退していたとか道に迷ったりしていたっていうのが一番怖いです。自転車のペダルをおもいっきり漕いでるつもりがなぜか後退している感覚。
ほんと道のりが長いとそういった感覚に陥りやすいです。

でもそんな中でゴールに辿り着いたときの安堵感、達成感は半端じゃないです。
ああ良かった道は間違ってなかったし、ちゃんと前進していたんだなというのを実感できます。
このゴールに辿り着く、辿り着けるんだという感覚は結構大事なんじゃないかと思います。
千里の道も一歩からとはよく言いますがまさしくその通りで、それ以外にゴールに辿り着く方法はありません。
どこでもドアやワープ、ルーラが使えるんなら話は別ですが、でもゴールに辿り着くまでの道のりや道中寄り道することで得られたものがあってこそゴールに辿り着く意味があるんだと思います。

そんなことを最近アニメ「ヤマノススメ」を観て思いました。
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